日記
映画「アマデウス」
こんばんは。
そういえば今日、
何も書くことがない日です。
と、とりあえず冒頭の一句を書きました。
つい先ほど、すでに真夜中にもかかわらず何となくユーチューブを流していたらモーツアルトの映画、「アマデウス」でクリックが止まりました。
モーツアルトのネット情報によると、
洗礼名 ヨハンネス・クリュソストムス・ウォルフガングス・テオフィルス・モザルト
本名 ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト
生誕 1756年1月27日, オーストリア ザルツブルク
明日のブログは・・・、
映画「アマデウス」の予定です。
評論家ではないので、おそらくその内容はピントが大きく外れていると思いますが・・・。
今夜はとても遅いので寝ます。
ありがとうございました。
大衆雑文家 盆 拾
無花果
「イチジク」
イチジクは漢字で「無花果」と書きます。
無花果の木は最初に葉っぱが、次に実が、そのまま完熟して店頭に並びます。
一般的に植物の果実は花が咲いて、受粉して実をつけそして完熟するのですが、イチジクは最初から実をつけます。
これは庭に咲いたキュウリの苗。
カボチャの苗にキューリを接ぎ木してあるので、害虫に強い丈夫な苗です。
当然実はキュウリですが、根もとにカボチャの花が咲く。
しかし、花は咲いてもカボチャが実らないのはなぜでしょう?
別にカボチャを期待してはいませんが、花が咲いて実が実らないのは、見ていてもなんとも不思議な植物です。
実のならないかぼちゃの花、なんと呼べばよいのでしょう?
名前を付けてみました。
「無実花」
読み方がいまいち思い浮かびません。
無花果はムカジュと書いてイチジクと読みやすい。
たしかにわかるよね、といった感じです。
好評NHK連続ドラマ「船を編む」の辞書「大渡海」の監修者松本朋佑編集長は、なんと読まれるのでしょうか?
漢字は「無実花」と書いて、
さしずめ訓読は「ムジツカ」と読み、漢訳すると無実かとなり、転じて免罪の意。
「メンザイ」と読むのはどうでしょうか?
その理由は、努力しても結果として実のならない花・・・。
監修者松本朋佑編集長のご意見はいかがなものでしょうか?
「脚下!」
そうですね、ふざけているかもしれませんし、確かに響きも悪いようです。
ということで「船を編む」の辞書「大渡海」には掲載できません。
あしからず・・・。
今日もつまらないブログを・・・、
閲覧していただき、ありがとうございました。
大衆雑文家 盆 拾
よき友人となるAI
たこ部屋ってご存じですか?
劣悪な部屋に閉じ込めて、劣悪な条件で労働を強制し、日常を拘束する部屋のこと。
今ではあまり聞きませんが、むかし、日本が経済的に成長している昭和時代にははそういう雇用部屋もあったりしたのです。
今日はタコベヤの詳しい話しではありません。
先日ブログでアップした「知らない人」の話しで、かなり前(昭和時代)のできごとです。
北海道旅行を終え、新千歳空港から名古屋空港に着き、乗り継ぎなどして名古屋駅に着いたのは昼過ぎ、
地下にある近鉄チケット売り場の地上階に立って、大きな帰りの時刻表を眺めていました。
特急電車か急行か、いずれにしても四日市駅への到着時間は五分ほどしか変わりません。
出発待ち時間を考慮しつつ時刻表をじっと眺めていました。
おそらくその時は無意識にじっと立っていたのでしょう。
片手には北海道で土産に買ったカボチャ一個の入ったビニール袋を下げていたと思います。
季節は秋、着ていた上着は旅行帰りなので秋用のブレザーと軽いズボンだったと思いますが、服装の記憶はほぼありません。
じっと時刻表を眺めていた姿が話しやすかったのか、ある見知らぬおじさんが突然そばに立って声をかけてきました。
雑踏の中で不意に声をかけられることはそうそうありません。
びっくりして振り向くと年配のおじさんが肩を摺り寄せるようにして、
「いい仕事あるけど・・・・」
まったく驚きました。
出稼ぎ労働者に見えたのでしょうか?
見知らぬおじさんは、田舎から上京してきた人々に仕事の斡旋をする職業の人だったのでしょう。
一般的に仕事の斡旋は駅のホームでは行いません。
職探しは職業安定所で探す場合が普通です。
あくまで想像ですが、見知らぬおじさんは田舎から上京仕事の斡旋をしていわゆる「たこ部屋」などに連れて行きたかったのではなかったのでしょうか?
「旅行の帰りになんで仕事の斡旋・・・?」
「いい仕事あるけど?」
「今何時?」
「それええの?」
度重なる 重なる偶然を、想いだしては爆笑しています。
最後にもう一言。
いまブログを書いている最中ですが、簡単といっても書きあげるまでに少なくとも数時間はかかります。
以前にも書いたようにじっと静かにブログを書くのではなく、ヘッドフォーンでBGMを聴きながら書くスタイル、「ながらブログ派」のブロガーです。
ではどんな曲が流れているのでしょうか?
今や恐ろしいことに・・・、
流れている映像と曲はすべてAIが収録した曲です。
AIは過去多く選曲した曲をまとめ、次に好みの曲を集めて流します。
恐ろしいのでやめたいという訳もなく、ありがたく感謝したいとも思わない機能ですが、これこそたまには和食も味わいたい時もある気持ちも理解してもらいたいとも思ったりしますよね。
ところで、
たまに気の利いたジョークを話すAIがあるらしいですが、グーグルAIの様に趣味などの他個人情報をとことん入力して、個人の話し相手としてよき友人となるAIが欲しくなってきます。
最後に・・・、
手作りパソコン台、見たくありませんか?
というよりも、むしろお見せたしいのですが――、
ではその画像1枚です。
机の引き出しを出した状態です。
白い板の下には滑り止めの板が固定したあります。
使い方は引き出しを引いて、
パソコン台を机の上に乗せます。
引き出しの中にマウスパットを置き、
引き出しの口上に右手をおいてマウスを操作します。
なかなかベリグッドです。
今日のブログは1300文字で、新書単行本2ページ分でした。
今日も最後まで閲覧していただきありがとうございました。
大衆雑文家 盆 拾
未来に向かって進む
こんにちは。
ブログは昼間に書くのが体に良いようです。
昨夜はブログの仕上がりが深夜になり、今日はあくびなど出がちで、体調がすっきりしません。
バラの蔓が伸び放題になっています。
アーチの柵に結んでやりたい状態です。以前は伸びた蔓は剪定はさみで切り落としていました。
今回は新しい新芽の着いたバラの蔓はすべてアーチの棚に結んでやろうと計画しています。
きっと来年の春にはアーチはバラの花の宝庫になることでしょう。
普段からあまり来年のことは言わないようにしています。
というのは、「ゲン担ぎ」(げんかつぎ)の反対の意味合いで使っています。
面白いですね。この「ゲン担ぎ」を検索したら、今はAIが答えるのです。
以前はウィペディアやネット辞書などが回答してくれたのですが、今はAI回答のようです。
AIは助かります。
最近よく心配するのですが、どうか将来有料になったりしないよう祈りたいものです。
AIは、有料にせずに宣伝で稼いでいただければうれしいです。
「ゲンを担ぐ」の意味、簡単に手早く引けてとても助かりました。
本題に戻ります。
「験」(げん)を担がない意味について、もう少し説明が必要です。
来年のことはできるだけ言わないようにするルーチンとは?
凡そ未来の期待はほぼ当たらない、または外れやすいという考え方に基づいています。
いたずらすきの天子は未来を外す?
いえ、天子はそんなことは致しません。
しかしながら・・・、
未来に向かって進むのですね。
ということなどもあって、来年のことは言わずに願うようにいたします。
「願い」はイメージで、来年や未来をイメージします。
「きっと来年のモザの庭はバラのアーチで満開になることでしょう」
というようなイメージをすると、なぜか自然にそうなっていくような気がいたします。
たとえば幼少の頃に次のようなことを聞かれたとします。
「大きくなったら何になりたいですか?」
「お医者さんになりたいです」
と答えた子供は、将来お医者さんになったりするのではないでしょうか?
イメージはおのずと未来に向かって自分の方向性を導いているような気がしてなりません。
以上が「期待」と「イメージ」の違いでした
「ゲン担ぎ」の続きです。
同じことを繰り返しする行為をルーチンと呼びます。
なにかきっかけを作ることで、物事がスムーズに進むことって普段でもありますよね。たとえば先述したように、
「明日のことは云わない」
とかいっておけば、もし明日そうならなくても落胆が少なくてすみます。
今までほぼ宝くじは買ったりしませんが、
もし買うとすれば三隣亡の日には買わないとか、吉日に買うとか、販売所にこだわるとか、行列や時間に、さらにはその日の吉相方角にこだわるとかするかもしれません。
そうこうしてるうちに、そのこだわりのルーチンがいつかは当たるかもしれないという気がしてくるのですね。
突拍子に見えるかもしれないこのゲン担ぎは、この時代に始まった行為ではありません。
古い昔の話ですが、平安貴族の中には家を出かける時には、玄関を右足から出て、歩く道中「貧福、貧福」と言いながら目的地まで歩き、帰る時にもその家を右足から出て、歩く道中「貧福、貧福」と言いながら帰り、そして家に着いたら右足から入って帰宅するのだとか聞いたことがあります。
最近見たNHK番組で、渋谷のライオン寄付ボックスがあるらしく、寄付をしている人の様子が収録されていました。
興味深かったのは、不動産業を生業とするある青年サラリーマンのお方はチャンス到来のたび渋谷ライオンに寄付をするそうで、番組の趣旨であその理由を聞いたところ、返事は内緒(ノーコメント)にされました。
おそらくビッグ契約と寄付とが繋がっている?
そんな気がすると言われたのではないでしょうか?
これがゲン担ぎのルーチンだと思います。
もし本当に平安時代の様なゲン担ぎが出来たら、なんだか幸せになれそうな気もするし、毎日が楽しそうな気もします。
でも、マネをしようとは思いませんね。
ところで・・・、
ここまでの文字数は約1300字。原稿用紙5枚でした。
新書500頁で原稿用紙900枚とすると、今日は5/900、つまり1/180枚を書いたということに相当します。
新書一冊書くとなると、あと180日を要するということですね。
こんなことばかり書いたりしていて、自作の新書は完成するのでしょうか?
たとえできなくても希望は持つことはできます。
希望がある限り実現の可能性はあることになります。
冒頭に述べたように、
未来は願うものであって、
未来に向かって進むのでした。
今晩も、
最後まで閲覧していただきありがとうございました。
大衆雑文家 盆 拾
追伸
パソコン作業は改良デスクにて軽快に進んでいます。
その様子は今日はもう遅いので、後日公開いたしますね。
机の整理
こんばんは。
雨の影響か、すっかり涼しくなりました。
涼しくなると赤とんぼが飛んでくるのですね。
車のフロントガラスに当たったりしています。
まさか、そんなことはないと思いますが・・・、
暑かった夏もこれで終わりでしょうか?
長い間手に付かなかった机の廻りの整理がつきました。
まず大変だったのは複雑に絡んだ電線やコードです。
長いコードを手繰りよせ、コードの経路が一目でわかるようになりました。
次に不要なものを処分し、通常汎用性の少ない小物類は箱にまとめ、常に
使用するのは引き出しに入れ、長い間確認しなかった書類は別の場所に保管したのです。
結果、煩雑な状態だった机の上がすっきりしました。
これでパソコンが自由に使えます。
現在その机で試し書きをしているところです。
パソコン用の机や椅子もありますが、身長も個人によって異なるために、長時間パソコンを使用しても、できるだけ疲労が少なくなるような工夫が必要だと思います。
今のところ机や椅子を使ったパソコンの試し打ちは良さそうな感じです。
しばらく様子を見ていきたいと思います。
鼻腔の件はなかなか話をまとめることができませんでした。
短く結論だけ書いてみます。
あくまで占いでの話ですが・・・、
顔相学では比較的に大きい目、耳、鼻、口、あごなどは吉相だそうです。
目が大きいとよく見えるし、耳が大きければ聞こえやすいかもしれない。口が大きいと食べやすいし、あごが大きくて強いとよく噛むことができ健康そうです。
吉相とはそういう理にかなったことを言っているのではないでしょうか・・?
たとえば鼻腔が大きくなると当然呼吸がしやすく、酸素量が増えます。
そういう意味では安眠も期待できるのだと思います。
試しにブログを書く時に鼻腔テープを張ってみました。
書きやすい気がしたのは気のせいでしょうか・・・?
今日も閲覧していただきありがとうございました。
大衆雑文家 盆 拾