日記

2025-09-07 00:11:00

「ちいさな至福」

おはようございます。

今日は先日書いていたブログ(下記“こんにちは”の段)の続きです。

時間がバックフィーチャー(タイムスリップ)しているので、下記「小さな至福の時」を読んでいただいてから、冒頭の一句、“おはようございます”へ戻って読んでいただくと話が続きます。

そんなややこしいこと言わずに、先日の話しをいったん区切って(終わって)から今日のブログを書けばいいのにとおっしゃる方も多いかもしれませんが、先日の話しにはわりあい長い話の続きもあったりして、やむを得ずタイムスリップいたしました。

 

と言いつつも、その続きはこの後にいたします。

 

台風が過ぎ去って、今日はまるで秋晴れ。

風がすっかり涼しくなりました。

虫の声、聞こえていませんか?

などと虫が言っています。

先日まで熱帯夜で、今秋ですと言われても付いて行けません。

もうしばらく体調を整えてから鳴きますから・・、とか言っていないでしょうか?

気候にしてもなにもかも、こういうケースの場合に口癖になりますね。

「やってられないよ―」

何事も心の準備というものがあるのではないですか?・・・、という意味合いです。

このさい虫さんにお応えいたしましょう。

「お待ちいたします。よろしくお願いいたしますね・・・」

 

でも、今日はもう秋ですね。

古い歌で申し訳ないのですが、思わずトアエモアさんの歌を口ずさみました。

 

(^^ 

今はもう秋

だれもいない海

知らん顔して

人が行き過ぎても

私は忘れない

海に約束したから

・・・)^^

という歌詞だそうです。

 

ご参考までに、以下トアエモアさんのプロフィールはネット情報によると、

白鳥英美子 1950316日(75歳)

芥川澄夫 1948130日(77歳)

だそうです。

 

私、盆拾とよく似た年代(先輩又は後輩か不詳ですが)のお方だったんですね。

 

この歌はいまだに好きです。

詩のテーマは秋の海。

まさに季節は今。

ほんとうは晩秋かもしれません。

むしろこの歌は晩秋の方が似合うと思いますが、とりあえずこのブログでは残暑の残る今、ということにいたします。

 

近くの海と言えば礒津町(四日市市)でしょう。

 

聞いたことございますか?

春はシジミ、夏は海水浴、秋は・・・、アサリの養殖など意外は何もしりません。

 

四日市塩浜水泳センターと石原産業工場の間の道から川沿いに沿いを海に向かって数分、目前に伊勢湾が広がります。

むかし伊勢湾台風で大きな被害を被った礒津町です。

すみませんネガティブな災害を表現して・・・。

現在は四日市でとても海に近い身近な町なのです。

 

余談ですが・・・、

以前書いた小説「戸森元」(処女作品)という小説の冒頭の舞台でもあります。

 

さてこれからその砂浜に立ちます。

そして先ほどのトアエモアさんの歌、

^^♪ 今はもう秋 ^^

をイメージします。

 

白浜に秋の風が吹いています。

実際日中は残暑が厳しいので、一人佇んだりはできません。

もし本当に佇むとすれば、それは早朝ですね。

きっと浜風が吹いているはずです。

そして白浜に立ちじっと海を見つめる。

すると頭の中に浮かんでくるのは・・・?

だれもいない海

知らん顔して

人が行き過ぎても

私は忘れない・・・♬

 

こんなにうまくいくのでしょうか?

 

もし、誰かが恋に破れたりしていたら、けっしてそんな歌詞は浮かんできませんね。

白浜ですから、浮かんでくるとしたらこんな俳句・・・?

 

東海の砂浜に

我泣きぬれて

蟹とたわむる

 

石川啄木の俳句でした。

ちょっと古すぎました。

今はもっと斬新的な詩があるようですが、まったく分かりません。

 

白浜の向こうは伊勢湾が広がります。

伊勢湾に広がる太平洋の水平線を横切るタンカーの赤い喫水線(船体と海水面が交わる線。運ぶ積荷が多いと船が沈み赤い線が細く見える)が遠くに見えたりします。

 

白浜であれば、北原白秋の「やしの実」の歌であったりしてもいいのではないでしょうか。

 

 

こんにちは。

今日(時限的には昨日の出来事)は昼間からブログです。

「ちいさな至福」の時です。

昼近くだったので、ちょっと昼マックによってランチしました。

お客様がまだ少なくて、席はがら空きです。

受付番号をいただいて、ほとんど空席なので好きなところに座り、スマホを観ようとメールチャックのページを開こうとタッチしていたら

「お待たせしましたー」

 

あまりにも早かったので、思わず、

「早いですね~」

と言ってしまったのです。

返しの返事も感じよかったのです。

笑いながら、

「はーい」

 

興味ないと思いますが注文したメニューは以下の通りです。

サムライマック セット。

ポテト サイズL

コーラ

 

ハンバーグの厚みは約1センチ五ミリ。

トッピングにチーズ。

ポテトはあふれんばかりに袋一杯。

 

因みにハンバーグの厚みは計測した訳ではないのですが、職業的な寸法暗按分(ある大きさの基準をあらかじめ設け、目的の大きさを判断する。この場合は親指の太さを約15ミリを基準に指定する目的の厚みを推測)すると、

一枚のハンバーグの厚みは8mm、二枚で16ミリ、全体には約15mmとなる訳です。

 

こんな話、つまらないでしょう?

食べる前に他に考えるというか、思い出すことないのですか?

よりによって厚みが何ミリとかなんとか。

まったくつまらない人生・・・。

 

たとえば、どういう味なのか、あるいはどんなスパイスなのか、あるいはどんな牛だったのか?

若い牛か年寄りの牛かとか・・・。

有りません?

すみません、そういうことは食べる前には思いません。

今日気になったのは厚みの寸法です。

 

この寸法の後、妄想が続くのです。

 

このハンバーグの値段はいくらだったのか、もう一度レシートを開いて確認します。

セット全部で約千円。

確か以前は千円未満だったような記憶があるのですが、千円ぐらいならまあ、いいか、といった感じです。

 

これがニューヨークでマックを食べると三千円?

詳しいことは知りませんが、とにかく高いことはしっています。

いやですね、もし三千円以上になるとランチは何を食べたらよいのでしょうか?

 

三千円のハンバーグはランチとしてはムリのなので、お腹いっぱいになって安い食べ物、それはジャガイモかな?

ジャガイモは、極端に言えば土があればどこででも育つ野性的な野菜で、その歴史は古いのです。

この際、自宅の庭先を開墾して植えるという案さえ浮かんできます。

開墾は肉体的手間と時間がかかるので、盛り土式畑がよさそうです。

 

アメリカやフランスの都会にある公園などでは、この盛り土式野菜畑があります。

地面に仕切り板を三枚ほど横に重ねると高さが6070センチほどになります。

 

苗床の幅を一畝であれば60CM75cmぐらい確保して、そこへ野菜用の土を入れると畑の出来上がり。

 

たとえば畑の高さを70センチメートルぐらいにすると草取りや収穫する場合、ちょうど腰の高さなので作業が楽にできます。

 

話しがだんだん横道にそれてきますが、あえて続けます。

ドイツでは主食はじゃがいも、日本の主食の米がおいしいのと同じように、とてもおいしいのです。

一日三回食べてもおいしいかも?

 

とにかくとりあえず今は、食糧難はじゃがいもで乗り切ったら良いような気もしますが、

どうか将来インフレにならないようにと祈るしかありません。

 

ほんとうのことを言うと、今日はマックランチのことを書こうと思ったわけではありません。

最近ブログが落ち着いてかけていなかったのです。

そういえば今日面白い興味深い話を聞きました。

 

これが今日のブログの本題です。

我らがファン、NHKアナウンサー桑子真帆さん( 所属局:東京・アナウンス室 · 出身地(生育地):神奈川県 · 入局年度:2010年度、ネットプロフィール参照)とそのご主人、小沢さんの御夫婦のお話です。

 

桑子さんはテレビのニュース解説などでよく拝見いたします。

以前タモリのブラ歩きで観たときからのファンです。

そのころからよく気の付かれる女性でした。

それから愛想のよい受け答えや、相手に合わせた目線や気配りなどがとても気に入っています。

そのご主人が世界の小沢、ベルフィルコンサートマスター、常任指揮者の小沢さんの息子さんとなると、余計に親近感が増します。

もっとも親近感が増したのは、お二人の御夫婦の仲が良いと聞きいたときでした。

 

実は生前、世界の小沢さんが息子に言ったお話に感心しています。

聞いた話で申し訳ありませんが、凡そ次のような話だったそうです。

 

生前自分が世界で活躍できたのは運だ。

誰でも成功できることではない。

お前(息子さん)は音楽家になってはいけない。

音楽は飯を食べる(生計を立てる)のがむつかしい。

 

もし世界の小沢さんがそうおっしゃったとすれば、まさにその通りだと思いました。

よくぞ息子様におっしゃってくださいました。

つまり芸術で実をたてることは非常に困難だということです。

 

これはすべての芸術家に通じると思います。

 

とくに国宝となるとさらに生活が難しくなります。

国の宝なので名誉は最高だと思います。

しかし実際生計を立てることはなぜか難しいのが現状です。

 

ドイツではマイスターという職人的制度があって、社会的評価が高い、つまり具体的にお給料が高いのです。

 

国宝のお給料の話しではありません。

文化は国の力だからです。

文化に軍事の力はないのですが、知性と人間性を高める力があり、それが国の力となるのです。

芸術を推奨し支援する、知性と人間性を高め世界をリードする考え方を理解しなければ先進国の一員とはなれません。

国の宝であればそれなりの評価が必要です。

具体的には国宝専用の年金制度があって良いような気がいたします。

国の誇りであり社会の希望でもあると同時に心の支えである芸術を、学んだり目指したりする人々にエールを送りたいのです。

 

しかし芸術の世界は、現実として経済的に継続することが困難な場合が多いということを、これから学ぼうとする子供も、それを支える大人も廻りの人々も理解しなければならないと思います。

 

すみません。いろいろ余計なことを言いました。

もしも気を悪くなされましたらすぐに削除いたしますし、お詫びいたします。

いずれにしても、個人の唯一の人生です。個人が信じる道を突き進んでくださいませ。

 

今日のブログは約四千字。

原稿用紙十枚ほどになりました。

今日も最後まで閲覧していただきましてありがとうございました。

 

大衆雑文家 盆 拾